芸術家・アーティスト

メアリーカサットゆかりの地3選!フランス・パリを巡る旅

メアリー・カサットは、19世紀後半から20世紀初頭にかけてパリで活躍したアメリカ人女性画家です。

アメリカからフランスに渡り、人生の大半をフランスで生きました。

女性の経済的自立が難しかった時代、生涯独身を貫き、カサットは画家として成功をおさめました。

またアメリカの美術収集家たちのアドバイザーとしても活躍し、アメリカに初めて印象派絵画を紹介したことでも知られています。

今回は、Berthe Morisotベルト・モリゾMarie Bracquemondマリー・ブラックモンと並ぶ女性印象派画家の1人メアリー・カサットのゆかりの地をご紹介していきます。

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メアリー・カサット(Mary Cassatt)とは?

メアリー・カサット《自画像》メトロポリタン美術館メアリー・カサット《自画像》メトロポリタン美術館
メアリーカサット(Mary Cassatt)
出没年1844年5月22日-1926年6月14日 82歳で死去
様式・流派印象派、3代女性印象派の1人、フェミニズム運動を推進
出身アメリカ(ペンシルベニア州アレゲニー)
代表作《家族 》クライスラー美術館
《バルコニーにて》フィラデルフィア美術館
《青い肘掛け椅子の上の少女》ナショナル・ギャラリー (ワシントン)
ゆかりの人物エドガードガカミーユピサロ、ハブマイヤー

幼少期

メアリー・カサットは、1844年5月22日にペンシルベニア州アレゲニーの裕福な家庭に誕生しました。

1851年から4年間、次兄の病気治療と子供たちの教育のため、家族とともにフランスやドイツで過ごしています。

1855年パリ万博でDominique Ingresドミニク・アングルEugène Delacroixウジェーヌ・ドラクロワCamille Corotカミーユ・コローGustave Courbetギュスターヴ・クールベらの作品に触れ、影響を受けたのではないかと言われています。

同年、残念ながら次兄は治療の甲斐なく亡くなり、一家はフィラデルフィアへ戻ります。

学生時代

1861年、フィラデルフィアのペンシルベニア美術アカデミーで絵の勉強を開始。

しかし女性ということもアリ、自分の思うような授業が受けられないことに不満を募らす日々が続きます。

1866年、画家を志して再びパリへ。

エコール・デ・ボザール(国立美術学校)で絵の勉強をすることを希望しましたが、当時は女性の入学が許されなかったため、新古典主義画家振Jean Léon Gérômeジャン・レオン・ジェロームの画塾で学びます。

1867年、ルーブル美術館で巨匠たちの模写をして腕を磨き、アカデミー画家Charles Chaplinシャルル・シャプランや歴史画家Thomas Coutureトマ・クチュールにも師事します。

当時のルーブル美術館はカフェに自由に出入りできないカサットのような外国人女性にとって他の画家と交流する貴重な場でした。

芸術キャリア

メアリーカサット《マンドリン演奏者 The Mandolin Player》個人蔵メアリーカサット《マンドリン演奏者 The Mandolin Player》個人蔵

1868年、《マンドリン演奏者》がサロンに初入選。

Elizabeth Jane Gardnerエリザベス・ジェーン・ガードナーと共にアメリカ人女性初の入選でした。

1870年、普仏戦争が勃発したため、アメリカへ帰国。帰国後は父から絵を描くことを反対され満足に活動できませんでした。

1871年、ピッツバーグ大司教からイタリアのパルマにあるAntonio Correggioアントニオ・コレッジョの宗教画の模写を依頼され、再びヨーロッパへ。

1872年、パルマの美術学校で学び、イタリアの画家たちの研究をしました。またマドリード、セビリアに滞在し、プラド美術館で巨匠たちの絵を模写しています。

1874年、パリに移住。フランス国籍を取得しました。

1875年、新しい絵画表現を模索する中、パリの画廊のウィンドウに飾られていたEdgar Degasエドガー・ドガのパステル画を目にし、衝撃を受けます。

1876年、友人であったLouisine Elderルイジーヌ・エルダーは、カサットのすすめでエドガー・ドガの《バレエのリハーサル》を購入。

アメリカ人で初めて印象派の絵画を購入した人物で、のちに「砂糖王」と呼ばれた製糖会社の大富豪Havemeyerハブマイヤーと結婚し、美術収集家となりました。

カサットは印象派コレクションのアドバイザーを務め、ハブマイヤー夫妻は世界最大の印象派コレクションを築きました。

おにちゃん
おにちゃん
これらのコレクションは、のちにメトロポリタン美術館に寄贈されています。

1877年、エドガー・ドガと知り合います。同年、両親と姉リディアがパリに移り住み、家族をモデルにした作品を制作するように。

1879年、ドガの誘いを受けて、第4回印象派展に出品。以後カサットは、第5回・第6回の印象派展にも出品しています。

1882年、姉リディアが亡くなり、大きなショックを受けます。

mari
mari
また両親の介護もあり、しばらくカサットは絵の制作ができなくなります。

1890年、エコール・デ・ボザールで「日本版画展」が開催されました。

浮世絵に感銘を受けたカサットは、浮世絵をコレクションし、他の印象派画家と同様、日本美術から多大な影響を受けました。

メアリー・カサット《沐浴する女性 Woman Bathing》シカゴ美術館等メアリー・カサット《沐浴する女性 Woman Bathing》シカゴ美術館等

カサットは、エドガー・ドガCamille Pissarroカミーユ・ピサロらとともに浮世絵の影響による版画の制作をしています。

1892年、デュラン・リュエル画廊で大規模な回顧展を開催し、成功をおさめます。

1893年、シカゴ万国博覧会で女性館の壁画《現代の女性》を手がけます。

1894年、オワーズ県の小さな村Le Mesnil-Théribusル・メニル・テリビュにある「Château de Beaufresneシャトー・ド・ボーフレーヌ」と呼ばれる館を購入し、毎夏をこの別荘で過ごすようになります。

1895年、ニューヨークのデュラン・リュエル画廊でも大規模な個展を開き、成功をおさめます。

1904年、フランス政府からレジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章を受賞。

1906年ペンシルバニア鉄道社長である兄のアレクサンダーが亡くなりまたもや6年間絵の制作を中断しています。

晩年

晩年、カサットは白内障で視力を失い、作品の制作から遠ざかります。

しかしアメリカに印象派絵画を広めたり、女性の参政権運動などに参加したりと、画家以外の活動でも活躍しました。

1926年6月14日、メアリー・カサットは、ル・メニル・テリビュにある邸宅Château de Beaufresneシャトー・ド・ボーフレーヌで死去。享年82歳でした。

メアリー・カサットゆかりの地ベストシーズン

どの季節も素晴らしいのですが、お墓参りやパリの街を散策するなら気候の良い春から秋にかけてがおすすめです。

4月~10月までは営業時間が延びる施設が多く、多くのスポットを観光することができますよ!

美術館巡りであればあえて空いているオフシーズンの冬でも全く問題ありません。

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美術館だけがお目当てであれば、あえてオフシーズンでリーズナブルな冬の期間も良いと思います。

メアリー・カサットゆかりの地3選

①オルセー美術館(Musée d’Orsay)

オルセー美術館オルセー美術館

セーヌ川沿いに佇むオルセー美術館は、言わずと知れた印象派美術の宝庫。世界中から観光客が訪れるパリを代表する美術館の1つ。

オルセー美術館の名物となっている大時計は、かつて駅舎だった名残を感じさせてくれます。

メアリー・カサット《母と子(指をしゃぶるアン)Mère et enfant sur fond vert》オルセー美術館メアリー・カサット《母と子(指をしゃぶるアン)Mère et enfant sur fond vert》オルセー美術館

印象派のアメリカ人女性画家として活躍したメアリー・カサットの作品は、《母と子(指をしゃぶるアン)》、《庭で縫物をする若い女性》、《ルイーズ・オーロール・ヴィルブフの肖像》、《緑の背景の母と子》などが展示されています。

オルセー美術館
住所1 Rue de la Légion d’Honneur, 75007 Paris 地図
最寄りメトロ12号線Solférinoソルフェリーノ
時間9:30-18:00(火水金土)
9:30-21:45(木)
※閉館時間の45分前まで入場可能
定休毎週月曜日、5月1日、12月25日
料金12ユーロ
18歳以下無料
ミュージアムパスOK
HPhttps://www.musee-orsay.fr/

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

②パリ市立プチ・パレ美術館(Petit Palais)

1900年にパリ万国博覧会のために建てられたプチ・パレは、1902年にパリ市立美術館となりました。

プチ・パレ美術館が所蔵するコレクションは多岐にわたりますが、デュテュイ兄弟(Auguste Dutuitオーギュスト・デュテュイEugène Dutuitウジェーヌ・デュテュイ)やEdward Tuckエドワード・テュックなどからの寄贈品が中核となっています。

メアリー・カサット《ボートに乗る2人の母と子 Mother And Child In A Boat》プチ・パレ美術館メアリー・カサット《ボートに乗る2人の母と子 Mother And Child In A Boat》プチ・パレ美術館

印象派絵画も展示されており、Claude Monetクロード・モネの《ラヴァクールの日没》やメアリー・カサットの《ボートに乗る2人の母と子》などを鑑賞することができます。

プチ・パレ
住所Avenue Winston Churchill, 75008 Paris 地図
最寄りメトロ1,13号線Champs-Elysées-Clémenceauシャンゼリゼ クレマンソー
時間10:00-18:00
定休月曜日
1月1日、5月1日、7月14日、11月11日、12月25日
料金11ユーロ
常設展は無料
HPhttps://www.petitpalais.paris.fr/

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

③カサットの家「ボーフレーヌ館(Château de Beaufresne)」とお墓

パリの北北西約70㎞にある小さな村Le Mesnil-Théribusル・メニル・テリビュに、25ヘクタールの敷地をもつカサットの邸宅「シャトー・ド・ボーフレーヌ」があります。

カサットは夏の別荘として利用していましたが、晩年は生活の拠点をここに移しました。

印象派絵画とともに、飾られたのは約100点もの浮世絵。

現在は、家庭に問題を抱える子供たちを預かる施設になっており、事前に事務局に申請しすれば、中を見学することが可能です。

カサットの家・ボーフレーヌ館
住所5, rue Mary-Cassatt, 60240 Le Mesnil-Théribus 地図
行き方パリからル・メニル・テリビュへ行く場合、公共交通機関での移動が難しいため、レンタカーで行くのをオススメします。国道A16号線経由、パリから約1時間10分
時間
定休
料金
HPhttps://lemoulinvert.asso.fr/etablissement/centre-educatif-et-de-formation-professionnelle-le-mesnil-theribus/

※最新情報は公式サイトでご確認ください。
※見学をするためには、事前に申請する必要があります。

メアリー・カサットのお墓は、村の共同墓地あります。

カサットの両親、姉リディア、弟ロバートが一緒に眠っています。

メアリー・カサットゆかりの地まとめ

女性の自立が難しかった時代、ましてや異国の女性画家がパリの美術界で認められるのは、容易なことではなかったはずです。

メアリー・カサットは、明るい色彩と軽やかな筆づかいで、ブルジョワジーの身近な女性たちの日常を描き、独自の画風を確立。

母子を主題とした作品を数多く制作し、「母子像の画家」と呼ばれました。

晩年はハブマイヤー夫妻をはじめ、アメリカの美術収集家たちのアドバイザーとなり、印象派絵画をアメリカに広め、アメリカの近代美術の発展に貢献した人物です。

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