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芸術家・アーティスト

フィンセント・ファン・ゴッホゆかりの地12選!フランス・パリを巡る旅

フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホは、ポール・ゴーギャンやポール・セザンヌと並んで、ポスト印象派を代表するオランダ出身の画家。

日本でも大変人気があり、熱烈なファンが多いことでも有名ですね。

見るものに強烈な印象を与えるファン・ゴッホの作風は、世界中の人々を魅了し、フォーヴィスムやドイツ表現主義など20世紀の美術史にも大きな影響を及ぼしました。

ヨーロッパ各地にファン・ゴッホの足跡を見ることができ、フランスにもファン・ゴッホのゆかりの地が点在しています。

最後は拳銃で自ら命を絶ったというゴッホ。生まれた時からの孤独、絵と向かい合い続けた寂しい生涯。

ゴッホになぜか惹かれてしまうのは、他の画家とは違った悲哀を感じるからかもしれません。nanshi-

今回は、37年という短い人生を必死に駆け抜けたフィンセント・ファン・ゴッホのゆかりの地をご紹介していきます。

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フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)とは?

オルセー美術館 ゴッホ自画像オルセー美術館 ゴッホ自画像

フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホは、1853年にオランダ南部のズンデルトで生まれました。

父親は牧師で、ファン・ゴッホも聖職者を志しますが、挫折し、さまざまな職を転々とした後、27歳のときにようやく画家になることを決意

名だたる天才画家と比べてもかなりの遅咲きでした。

4歳年下の弟テオドルス(通称テオ)は、ファン・ゴッホに経済的支援をします。

ファン・ゴッホの初期の作品は、暗い色調の絵が多く、オランダのニューネンで制作した「ジャガイモを食べる人々(Les mangeurs de pommes de terre)」は、貧しい農民を描いた初期の傑作です。

1886年にパリに移ったファン・ゴッホは、印象派の影響を受け、明るい色調の絵を描くようになりました。

「タンギー爺さん(Le Père Tanguy)」などは、この時期の作品です。

また当時、パリではジャポニズムが花開いた時期で、ファン・ゴッホもまた日本の浮世絵に影響を受けた画家の1人。

浮世絵を収集し、油彩で模写をして、構図や色彩を学びました。

1888年、ファン・ゴッホはプロヴァンス地方の街「Arlesアルル」に移ります。「ひまわり(Les Tournesols)」「夜のカフェテラス(Terrasse du café le soir)」などの名作を次々に生み出しました。

ファン・ゴッホがPaul Gauguinポール・ゴーギャン黄色い家で共同生活を始めたのもこの時期です。

しかし芸術観の違いからしばしば口論となり、同年の12月にかの有名なファン・ゴッホの耳切り事件によって2人の関係は破綻。

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それ以降、ファン・ゴッホはたびたび精神病の発作に襲われ、精神病院へ入退院を繰り返しました。

1889年、ファン・ゴッホはアルルを離れ、アルルから約25km離れたサン・レミ・ド・プロヴァンスの精神療養院「サン・ポール・ド・モゾル精神病院(Maison de Santé de Saint Paul de Mausole)」に自ら入所。

ゴッホのローヌ川の星月夜ゴッホのローヌ川の星月夜

そこで治療を受けながら、「星月夜(la nuit étoilée)」「糸杉(Les Cyprès)」「アイリス(Iris)」「オリーブの林(Les oliviers)」「刈り入れする人のいる麦畑(Champ labouré avec le soleil levant)」など、数々の作品を描きました。

1890年に療養所を退所したファン・ゴッホは、パリの北西30㎞に位置するAuvers sur Oiseオヴェール・シュル・オワーズに移り住みます。

精神科医Paul Gachetポール・ガシェの治療を受けながら、「オヴェールの家々(Maisons à Auvers sur Oise)」「ドービニーの庭(Le Jardin de Daubigny)」など約80点もの作品を描きました。

しかし、同年の7月27日に銃で自らを撃ち、2日後にこの世を去りました。

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ファン・ゴッホのゆかりの地12選

①モンマルトル(Montmartre)

ゴッホのムーラン・ド・ラ・ギャレットゴッホのムーラン・ド・ラ・ギャレット

1886年にファン・ゴッホは、パリで働く4歳年下の弟テオを頼って、パリのアパルトマンに転がり込みます。

テオは、モンマルトルで画商として働いていました。

当時、モンマルトルには世界中から多くの芸術家が集まり、まさに「芸術家の聖地」

1886年から1888年にかけて2人は一緒に暮らしていましたが、テオは情緒不安定な兄の性格に度々悩まされました。

モンマルトルモンマルトル

対人関係が苦手で気難しく、しばしば衝突することも。しかし兄の才能を信じ、1番の理解者でもあったテオは、兄を最後まで支え続けました。

ファン・ゴッホ兄弟の住んでいたアパルトマンは、現在個人宅になっているため見学はできませんが、アパルトマンの建物の壁には、それを示す大理石のプレートがかかげられています。

②アルル(Arles)

1888年、ファン・ゴッホは南フランスの街アルルに移り住みます。ここで、ファン・ゴッホの傑作「夜のカフェテラス(Terrasse du café le soir)」が生まれました。

「夜のカフェテラス」の舞台となったカフェは、今でもフォリュム広場に「Café Van Goghカフェ・ヴァン・ゴッホ」という名前で残っています。

ゴッホの絵の世界に浸ることができるとあって、アルルの人気観光スポット♡

mari
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カフェのレベルとしては高くないので、あくまで観光スポットとしてのおすすめです。

アルルに拠点を移したファン・ゴッホは、共同アトリエを作り、画家仲間をアルルに呼び集めようとします。

ところがその案に応じたのは、ゴーギャンたった1人だけでした。

ファン・ゴッホは、ゴーギャンと共同生活が始まることを喜び、ゴーギャンを歓迎するために名作「ひまわり」を描き、「黄色い家」と呼ばれる借家の壁に飾りました。

はじめのうちは、ファン・ゴッホとゴーギャンは互いに刺激し合いながら創作活動を行っていましたが、もともと個性の強い2人であったため、次第に激しくぶつかり合うようになります。

そして同年12月に「耳切り事件」が起こり、悲劇的な展開を迎えます。

ファン・ゴッホは、ゴーギャンとの激しい口論の末、自らの耳の一片をそぎ落とし、ゴーギャンとの関係は破綻します。

そしてファン・ゴッホは、サン・レミ・ド・プロヴァンスの精神療養院「サン・ポール・ド・モゾル精神病院」に収容されました。

mari
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この時の寂しさ、悲しさ、孤独を想像するだけで泣けます。

多くの人がゴッホに魅了されるのは、こういった孤独に共感してのことなのではないでしょうか。

③アルル・フィンセント・ファン・ゴッホ財団美術館(Fondation Vincent Van Gogh Arles)

Rolf Süssbrich, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

ユネスコの世界遺産に登録されたアルルの旧市街には、2014年にオープンした「アルル・フィンセント・ファン・ゴッホ財団美術館」があります。

15世紀建造の個人邸宅「レオトー・ド・ドニヌ邸(Léautaud de Donines)」を改装してできた美術館で、ファン・ゴッホの作品とファン・ゴッホに影響を受けたアーティストたちの作品が展示されています。

ファン・ゴッホは、アルルにおよそ15ヶ月間滞在しました。

その間に「夜のカフェテラス」「ひまわり」「ラングロワの跳ね橋(Le Pont de l’Anglois)」などの名画を含む油彩画・水彩画・デッサンを合わせて300点を超える作品を描きました。

ファン・ゴッホが最も精力的に活動をした時期で、アルル・フィンセント・ファン・ゴッホ財団美術館は、ファン・ゴッホファン必見の美術館です!

④アルルの跳ね橋(Le Pont de l’Anglois)

日本では「アルルの跳ね橋」でお馴染みの「ラングロワの跳ね橋」。

おにちゃん
おにちゃん
ローヌ川から分岐した運河にかかる橋で、1888年にファン・ゴッホによって描かれ、一躍有名になった場所です。
おにちゃん
おにちゃん
ゴッホの描いたアルルの跳ね橋は、残念なことに第二次世界大戦で破壊されてしまったため、現在の橋は再現されたもの。

「ファン・ゴッホ橋(Le Pont Van-Gogh)」とも呼ばれ、この橋を題材にした作品が5点残されています。

なかでもクレラー・ミュラー美術館(Kröller Müller Museum)が所蔵する「アルルのラングロワ橋と洗濯する女性たち(Le pont de Langlois aux Lavandières)」は、ゴッホの傑作の1つです。

⑤エスパス・ファン・ゴッホ(Espace Van Gogh)

Gzen92, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons

アルルから約25km東に位置するサン・レミ・ド・プロヴァンス。ここにファン・ゴッホが療養生活を送った場所「エスパス・ファン・ゴッホ」があります。

16世紀に建てられた修道院「サン・ポール・ド・モゾル修道院(Monastère Saint-Paul-de-Mausole)」は、当時精神病院として使われていました。

現在は図書館、店舗などが入った総合文化施設になっています。

ファン・ゴッホの入院していた個室が再現され、療養中に描いた「アルルの療養所の庭」のモデルとなった中庭も復元されています。

サン・ポール・ド・モゾル修道院
住所2 Voie Communale des Carrières, 13210 Saint-Rémy-de-Provence 地図
最寄り

⑥ラヴー亭−ファン・ゴッホの家(Auberge Ravoux-Maison de Van Gogh)

Julien Chatelain from Paris, France, CC BY-SA 2.0 , via Wikimedia Commons

パリ北西部に位置するAuvers sur Oiseオヴェール・シュル・オワーズは、ファン・ゴッホの終焉の地。ここにはファン・ゴッホのゆかりの場所が至るところに残っています。

1890年5月から7月にかけてファン・ゴッホは、Arthur Gustave Ravouxアルチュール・グスターヴ・ラヴーが経営するカフェ兼ワイン販売店の屋根裏部屋を借りました。

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拳銃自殺を図り、ファン・ゴッホが息を引き取ったのもこの部屋です。

ファン・ゴッホが暮らしていた3階の屋根裏部屋は復元され、歴史的建造物に指定されています。

1階はカフェ・レストラン、2階は土産売り場になっているのでゴッホが座っていたお気に入りの席を聞いてみてはいかがでしょう?

通りを挟んだラヴー亭の向かいには、ファン・ゴッホの描いた村役場も当時のまま残っています。

ラヴー亭−ファン・ゴッホの家
住所52 Rue du Général de Gaulle, 95430 Auvers-sur-Oise 地図
最寄りAuvers-sur-Oiseオーヴェル・シュル・オワーズ

⑦オヴェールの教会(Église d’Auvers sur Oise)

Pierre Poschadel, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons
12世紀から13世紀にかけて建てられたオヴェールの教会は、オルセー美術館所蔵の「オヴェールの教会」のモデルとなった教会で、今も当時と変わらない姿で建っています。

村の小さな教会にすぎませんでしたが、ファン・ゴッホによって描かれ、世界中で知られるようになりました。

オルセー美術館 ゴッホのオヴェールの教会オルセー美術館 ゴッホのオヴェールの教会

うねるような深い青色の空を背景に少し輪郭の歪んだ重量感あふれた教会は、不気味な雰囲気を醸し出しています。

その頃作風は、ファン・ゴッホの精神状態の表れと解釈される一方で、個性的な対象表現ともいわれ、批評家や研究者の間でも意見が分かれています。

⑧ポール・ガシェ医師の家(Maison du docteur Gachet)

晩年、ファン・ゴッホはサン・レミ・ド・プロヴァンスの精神病院からオヴェール・シュル・オワーズの精神科医ポール・ガシェのもとで療養生活を送りました。

ガシェ医師は、Paul Cézanneポール・セザンヌCamille Pissarroカミーユ・ピサロの友人でした。

また美術愛好家であり、自身も絵を描くアマチュアの画家でもありました。

ガシェと仲良くなり親交を深めていったファン・ゴッホは、頻繁に自宅に招かれ、ガシェ医師の庭や肖像画を描きました。

そしてオヴェールに滞在した約2ヶ月の間に、これらの作品を含む80点あまりの作品を描きます。

個人宅兼診療所だったガシェ医師の家は改装され、ガシェの家族を描いたデッサン画などが展示された記念館になっています。

ポール・ガシェ医師の家
住所78 Rue Gachet, 95430 Auvers-sur-Oise 地図
最寄りAuvers-sur-Oiseオーヴェル・シュル・オワーズ

⑨オヴェール・シュル・オワーズ城(Château d’Auvers sur Oise)

オヴェール・シュル・オワーズ城は、「オヴェール城館のある日没の風景(Paysage avec le château Auvers au coucher du soleil)」のモデルとなった城。

17世紀に銀行家Lioni Zanobiリオニ・ザノビによって建てられました。

1987年に歴史的建造物に指定され、1994年より印象派絵画記念館として一般公開されています。

城内には、フィンセント・ファン・ゴッホをはじめ、カミーユ・ピサロ、ポール・セザンヌをはじめ、Auguste Renoirオーギュスト・ルノワールClaude Monetクロード・モネEdgar Degasエドガー・ドガHenri de Toulouse Lautrecアンリ・ド・トゥールーズ・ロートレックなど500点もの作品を映像で鑑賞することができるスペクタクルコースが設けられています。

オヴェール・シュル・オワーズ城
住所Chemin des berthelées (parking), 95430 Auvers-sur-Oise 地図
最寄りAuvers-sur-Oiseオーヴェル・シュル・オワーズ

⑩フィンセント・ファン・ゴッホと弟テオの墓(Tombe de Vincent Van Gogh et Théodore Van Gogh)

ファン・ゴッホが生きている間に売れた絵は、「赤い葡萄畑(La Vigne rouge)」の1枚のみだったともいわれいます。

37歳という若さでこの世を去ったゴッホ。

壮絶な人生を歩んだ画家ファン・ゴッホの墓は、オヴェール・シュル・オワーズの共同墓地の一角にあります。

オーヴェル・シュル・オワーズ ゴッホの墓オーヴェル・シュル・オワーズ ゴッホの墓

ファン・ゴッホ唯一の良き理解者であった弟テオの墓も隣に並んでいます。

画商であったテオは、経済的にも精神的にも生涯にわたってファン・ゴッホを支え続けました。

ファン・ゴッホの死を受けて、テオもまた精神病を患い、その後兄を追うようにしてオランダの精神病院にて33歳の若さで亡くなっています。

テオの遺骨はオランダの地に埋葬されましたが、1914年にテオの妻ヨハンナによって、オヴェール・シュル・オワーズにある兄ファン・ゴッホの眠る墓の隣に移されました。

弟テオの献身的な支えがあったからこそ、ファン・ゴッホの名作が生まれたといっても過言ではありません。

オーヴェル・シュル・オワーズ
住所Avenue du Cimetière, 95430 Auvers-sur-Oise 地図
最寄りAuvers-sur-Oiseオーヴェル・シュル・オワーズ

⑪オヴェール・シュル・オワーズの麦畑(Champs de blé d’Auvers sur Oise)

ファン・ゴッホと弟テオの眠る墓地の裏手には、広大な麦畑が広がっています。

最晩年の代表作「カラスのいる麦畑(Champ de blé aux corbeaux)」のモデルとなった場所で、ピストルで自らを撃ったのもこの場所。

オヴェール・シュル・オワーズの麦畑オヴェール・シュル・オワーズの麦畑

自殺を図る前に制作していた「カラスのいる麦畑」は、不吉さを感じさせるような暗い印象の作品です。

1890年7月27日、ファン・ゴッホは自分の胸に向けて拳銃を撃ち、自殺を図ったとみられていますが、不可解なところも多く、異説もあります。

重傷を負ったファン・ゴッホは、一度は意識を失ったものの自力で下宿先であったラヴー亭に戻ります。

そして知らせを受けて駆けつけたテオに看取られ、同月29日未明に息を引き取りました。

オーヴェル・シュル・オワーズ
住所Avenue du Cimetière, 95430 Auvers-sur-Oise 地図
最寄りAuvers-sur-Oiseオーヴェル・シュル・オワーズ

⑫オルセー美術館(Musée d’Orsay)

オルセー美術館 ゴッホ自画像オルセー美術館 ゴッホ自画像

主に1848年から1914年までの美術作品が展示されているオルセー美術館は、世界でも有数の「印象派・ポスト印象派」のコレクションを所蔵している美術館です。

ファン・ゴッホ作品所蔵美術館といえば、アムステルダムの「ファン・ゴッホ美術館」が有名ですが、オルセー美術館のファン・ゴッホ作品もかなり充実しています。

「オヴェールの教会(L’église d’Auvers sur Oise)」をはじめ、「ローヌ川の星月夜」、「自画像(Portrait de I’artiste)」、「ファン・ゴッホの寝室(La Chambre à Arles)」、「ガシェ医師の肖像(Le docteur Paul Gachet)」、「ガシェ医師の庭(Dans le jardin du docteur Paul Gachet)」などを鑑賞することができます。

またファン・ゴッホの主治医ポール・ガシェによって描かれた「死の床のファン・ゴッホ(Van Gogh sur son lit de mort)」も所蔵されています。

ファン・ゴッホゆかりの地まとめ

鮮烈な色彩と激しい筆遣いから「炎の画家」と呼ばれたフィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ。

ヨーロッパを渡り歩き、数々の名作を残しました。

精神病を患い、苦しみ、常軌を逸した過激な行動をとりましたが、短期間で驚異的な数の作品を描きました。

絵画に対する情熱は、ファン・ゴッホの画風からその激しさがひしひしと伝わってきます。

自らの手で37年の生涯を閉じたファン・ゴッホの人生に思いを馳せながら、ファン・ゴッホの足跡を辿ってみてはいかかでしょうか。

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