芸術家・アーティスト

在住者厳選!レオナルドダヴィンチゆかりの地3選

《モナ・リザ》や《最後の晩餐》で知られるレオナルド・ダ・ヴィンチは、ルネサンス期を代表する芸術家です。

もしかしたらダ・ヴィンチについて画家だと認識している方もいるかもしれません。

しかし彼は絵画、彫刻、建築、音楽、天文学、幾何学、解剖学、物理学、地質学、生理学などあらゆる分野で顕著な業績を残し、発明家としても活躍しました。

人生の大半を母国イタリアで過ごしましたが、晩年はフランス国王フランソワ1世に招かれフランスに渡り、クロ・リュセ城がレオナルド・ダ・ヴィンチの終焉の地となりました。

mari
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大学時代にダ・ヴィンチ・コードが大流行して、まんまとダ・ヴィンチの魅力にハマってしまい、イタリア、フランスのゆかりの地を周ってきました。

今回は、そんなルネサンスを代表する三大巨匠の1人「レオナルド・ダ・ヴィンチ」のゆかりの地をご案内させていただきます。

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レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)とは?

レオナルド・ダ・ヴィンチは、1452年4月15日にフィレンツェ郊外のヴィンチ村で私生児として生まれました。

Messer Piero da Vinciセル・ピエーロ・ダ・ヴィンチは、フィレンツェの裕福な公証人でした。

1466年、14歳のレオナルド・ダ・ヴィンチは、フィレンツェで名を成していた画家で彫刻家のAndrea del Verrocchioアンドレア・デル・ヴェロッキオの工房に入門します。

そこで絵画をはじめ、彫刻、建築、設計、工学、冶金などを学び、才能を開花させていきました。

当時、ヴェロッキオの門弟だったSandro Botticelliサンドロ・ボッティチェリDomenico Ghirlandaioドメニコ・ギルランダイオなどと共に仕事をし、師匠ヴェロッキオとの合作《キリストの洗礼》は、レオナルド・ダ・ヴィンチの画家としてのキャリアの出発点となりました。

20歳になる頃には、聖ルカ組合(ギルド)からマイスターの資格を受けています。

1476年、サルタレッリ事件が起こり、レオナルド・ダ・ヴィンチは同性愛の疑いをかけられ勾留。しかし証拠不十分で、すぐに釈放されています。

1482年、レオナルド・ダ・ヴィンチはミラノ公国に行き、スフォルツァ家の宮廷画家に。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院レオナルド・ダ・ヴィンチ《最後の晩餐》サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院

ミラノ公Ludovico Sforzaルドヴィーコ・スフォルツァの依頼でサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の壁に描いた《最後の晩餐》は、レオナルド・ダ・ヴィンチの代表作の1つとなりました。

ミラノ滞在期間中、レオナルド・ダ・ヴィンチはミラノ大聖堂のドームやパヴィア大聖堂の設計、舞台装置のデザイン、宮廷舞台劇の演出などもしました。

また土木、建築、機械工学、数学などあらゆる分野の研究し、膨大な手稿を残しています。

1499年、フランス軍の侵攻によりミラノ公ルドヴィーコ率いるミラノ軍が敗北すると、レオナルド・ダ・ヴィンチは弟子たちとともにヴェネツィアへ避難し、1500年にフィレンツェに帰還。

その後、教皇アレクサンデル6世の息子Cesare Borgiaチェーザレ・ボルジアの軍事土木技師として従軍し、ヴェッキオ宮殿(フィレンツェ市庁舎)の大会議室を飾る大壁画《アンギアーリの戦い》を手がけましたが、こちらは途中で制作が中断しています。

1480年から1516年にかけて、レオナルド・ダ・ヴィンチはいくつかの代表作品を描いています。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《ウィトルウィウス人体図》アカデミア美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ《ウィトルウィウス人体図》アカデミア美術館

理想的な人体のプロポーションを表現したドローイングの《ウィトルウィウス人体図》は、古代ローマ時代の建築家Vitruviusウィトルウィウスの《建築論》から着想を得て描かれました。

またルーブル美術館へ所蔵されているイタリア・ルネッサンスの最高傑作《モナ・リザ》は、世界で最も高額の絵画といわれています。

1516年、レオナルド・ダ・ヴィンチはフランス国王フランソワ1世に招かれ、フランスに渡ります。

国王の居城であったアンボワーズ城近くのクロ・リュセ城が与えられ、そこで最後の3年間を過ごしました。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《洗礼者聖ヨハネSan Giovanni Battista》ルーブル美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ《洗礼者聖ヨハネSan Giovanni Battista》ルーブル美術館

イタリアを去る際、レオナルド・ダ・ヴィンチは《モナ・リザ》、《洗礼者聖ヨハネ》、《聖アンナと聖母子》の3作品をフランスへ持ってきました。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《聖アンナと聖母子Sant'Anna, la Vergine e il Bambino con l'agnellino》ルーブル美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ《聖アンナと聖母子Sant’Anna, la Vergine e il Bambino con l’agnellino》ルーブル美術館

現在、この3つの絵画はルーブル美術館に所蔵されており、クロ・リュセ城の大広間で《モナ・リザ》と《洗礼者聖ヨハネ》のレプリカを見ることができます。

1519年5月2日、レオナルド・ダ・ヴィンチは67歳でこの世を去りました。

レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地ベストシーズン

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レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地3選

①ルーブル美術館(Musée du Louvre)

閉館直前ライトアップされた夜のルーブル美術館閉館直前ライトアップされた夜のルーブル美術館

世界最大級の規模を誇るフランスの国立美術館「ルーブル美術館」は、先史時代から19世紀までのさまざまな美術品が所蔵されたパリ三大美術館の1つ。

パリ屈指の観光スポットで、年間入館者数も世界一を誇ります。

そんなルーブル美術館が所蔵する作品で最も有名な絵画といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》で間違いないでしょう。

mari
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ルーブルどころか世界一有名な絵画かもしれませんね。
レオナルド・ダ・ヴィンチ《デル・ジョコンドの肖像 Portrait de Lisa Gherardini, épouse de Francesco del Giocondo》ルーブル美術館レオナルド・ダ・ヴィンチ《デル・ジョコンドの肖像 Portrait de Lisa Gherardini, épouse de Francesco del Giocondo》ルーブル美術館

レオナルド・ダ・ヴィンチは、「Sfumatoスフマート」という陰影技法を用い、描かれた女性がまるで生きているかのように描いています。

謎めいた雰囲気の女性が微笑みを浮かべる《モナ・リザ》のモデルとなった女性は、Francesco del Giocondoフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であるLisa del Giocondoリザ・デル・ジョコンドといわれています。

レオナルド・ダ・ヴィンチの死後、レオナルド・ダ・ヴィンチの弟子であった通称salaìサライが《モナ・リザ》を含めた複数の絵画作品を相続しました。

その後フランソワ1世が購入し、現在はフランスの国有財産となり、パリのルーブル美術館に展示されています。

ルーブル美術館
住所Rue de Rivoli, 75001 Paris 地図
最寄りメトロ1号線,7号線Palais-Royal-Musée du Louvreパレ・ロワイヤル ミュゼ・デュ・ルーヴル
時間9:00-18:00(月・木・土・日)
9:00-21:45(水・金)
※閉館時間の45分前まで入場可能
定休毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
料金15ユーロ(待ち時間短縮可能なオンラインチケットは17ユーロ)
18歳以下無料
ミュージアムパスOK
HPhttps://www.louvre.fr/

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

②アンボワーズ城(Château Royal d’Amboise)

アンボワーズ城アンボワーズ城

アンボワーズ城は、ユネスコ世界遺産に登録されたロワール渓谷の古城の1つ

ゴシック様式とルネッサンス様式が折衷した美しいお城で、歴代フランス国王の居城として愛されました。

フランソワ1世の時代には最盛期を迎え、「ルネサンスの発祥の地」として栄えました。

1515年、フランソワ1世はミラノを占領し、スフォルツァ家を追放。

そしてスフォルツァ家に仕えていたレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに招き、アンボワーズ城近くにあるクロ・リュセ城を与えました。

レオナルド・ダ・ヴィンチは1519年に死去し、遺骸はアンボワーズ城の敷地内にあるサン・ユベール礼拝堂(Chapelle Saint-Hubert)に埋葬されました。

詳しい情報に関しては「アンボワーズ城の行き方・営業時間・見どころ徹底ガイド」にまとめています。

アンボワーズ城
住所Montée de l’Emir Abd el Kader, 37400 Amboise 地図
行き方パリのMontparnasseモンパルナス駅からTGVとTERを乗り継ぎ、アンボワーズ駅(Gare d’Amboiseガールアンボワーズ)で下車し、徒歩17分。所要時間は約2時間半。
時間月ごとに異なる
公式サイトに詳細あり
定休1月1日、12月25日
料金13.3ユーロ
7歳未満無料
HPhttps://www.chateau-amboise.com/fr/

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

③クロ・リュセ城(Château du Clos Lucé)

クロ・リュセ城クロ・リュセ城

アンボワーズ城から500mほど離れた場所に、レオナルド・ダ・ヴィンチが晩年を過ごした「クロ・リュセ城」があります。

当時のままの姿で残され、ユネスコの世界遺産に登録されています。

1516年、レオナルド・ダ・ヴィンチはフランソワ1世に招かれ、フランスに渡ります。

クロ・リュセ城が与えられ、国王の手厚い庇護のもと、レオナルド・ダ・ヴインチは亡くなるまでの3年間をこの城で過ごしました。

「モナ・リザ」と「洗礼者聖ヨハネ」のレプリカが展示された大広間をはじめ、数々の発明品を生み出した仕事部屋、息を引き取った寝室など、レオナルド・ダ・ヴインチの当時の暮らしを偲ばせてくれます。

またクロ・リュセ城の敷地内にあるレオナルド・ダ・ヴィンチパーク(Parc Leonardo da Vinci)は、プロペラ機の実物大模型や戦車、大砲、機関銃などの野外展示が行われ、実際に触れて体感できるカルチャーパークになっています。

mari
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ここは本当におもしろくて、子供のように楽しみました。

詳しい情報に関しては「クロ・リュセ城の行き方・営業時間・見どころ徹底ガイド」にまとめています。

クロ・リュセ城
住所2 Rue du Clos Lucé, 37400 Amboise 地図
行き方パリのオステルリッツ駅(Gare d’Austerlitzガール・ドステルリッツ)からTGVでアンボワーズ駅(Gare d’Amboiseガール・ダンボワーズ)で下車し、徒歩約25分。所要時間約2時間。
時間月ごとに異なる
公式サイトに詳細あり
定休1月1日、12月25日
料金14.50-17.50ユーロ
HPhttps://vinci-closluce.com/fr

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

レオナルド・ダ・ヴィンチゆかりの地まとめ

「飽くなき探究心」と「尽きることのない独創性」を兼ね備え、「万能の天才」と呼ばれたレオナルドダビンチ。

彼の才能は芸術面だけにとどまらず、機械工学の構想や世界初の詳細な人体解剖図の作成、動脈硬化の発見など、幅広い分野で活躍しました。

鏡文字で書かれた手稿を残し、ミステリアスな部分も多く伝わっており、現在に至るまで人々を魅了し続けています。

ぜひイタリアとセットでダ・ヴィンチゆかりの地を巡ってみてください!

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