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フレデリック・バジールゆかりの地2選!フランス・パリを巡る旅

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マリ@旅ブロガー オハヨーツーリズム
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初期印象派の主要メンバーの1人であったフレデリック・バジール。

1870年に勃発した普仏戦争に志願し、銃弾を受けてわずか28歳で戦死したため、残された作品は70点ほどと少なく、印象派画家の中ではあまり知られていません。

クロード・モネと親友関係にあり、モネの名作《草上の昼食》のモデルも務めました。

また裕福な家庭に生まれ、経済的に余裕のあったバジールは仲間たちとアトリエを共有し、経済的な支援をしています。

バジールがいなければ今日の印象派の成功はなかったかもしれません。

今回は、印象派の仲間たちを支えたフレデリック・バジールゆかりの地をご紹介していきます。

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フレデリック・バジールとは(Frédéric Bazille)?

ジャン・フレデリック・バジール(Jean Frédéric Bazille)
出没年 1841年12月6日-1870年11月28日 28歳普仏戦争で戦死
様式・流派 写実主義(バティニョール派として印象派の土台を築いた)
出身 フランス(南仏モンペリエ)
代表作 《家族の集い》オルセー美術館
《ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ》オルセー美術館
《キャステルノー・ル・レズの村の眺め》ファーブル美術館
親しい人物 エドワールマネルノワールシスレーポールセザンヌカミーユピサロベルトモリゾメートル

幼少期から学生時代

1841年12月6日、フレデリック・バジールは、南フランスのモンペリエの裕福な家庭に誕生。

父はワイン製造を営みながら弁護士、上院議員として活躍、母は地主の娘ということもあり、モンペリエ大学の医学部に進学。医者になることを条件に絵を学び始めます。

フレデリック・バジール《家族の集い Réunion de famille》オルセー美術館フレデリック・バジール《家族の集い Réunion de famille》オルセー美術館

《家族の集い Réunion de famille》はバカンスにモンペリエ近郊の別荘で過ごす家族の様子を描いた作品。

椅子に座っているのが両親、バジール本人は左端に描かれています。

1862年、医学を学ぶためパリへ。医学を学ぶ傍ら、シャルル・グレールの画塾に通い、本格的に絵画の勉強を開始。

そこでClaude Monetクロード・モネPierre Auguste Renoirピエール・オーギュスト・ルノワールAlfred Sisleyアルフレッド・シスレーなどと知り合い親交を深めます。

この頃、従兄弟の家で同じ南仏出身のPaul Cézanneポール・セザンヌに出会い、セザンヌを通じて画塾Académie Suisseアカデミー・シュイスで学ぶCamille Pissarroカミーユ・ピサロArmand Guillauminアルマン・ギヨマンと知り合い後に印象派の仲間となる人脈を繋ぎました。

芸術キャリア

1864年、医学試験に失敗すると絵画に専念する決心をし、フュルスタンベール通りにアトリエを構えます。

アトリエにはモネを誘い、一緒に制作活動を行っています。

クロード・モネ《草上の昼食 Le Déjeuner sur l'herbe》プーシキン美術館クロード・モネ《草上の昼食(習作) Le Déjeuner sur l’herbe》プーシキン美術館

親友のモネとは非常に仲が良く、時にはモデルにもなり、金銭面や健康面もサポートしました。

かわしまねる
かわしまねる
モネの息子はバジールが名付け親で名前をもらってジャンに!

また、絵画だけではなく演劇や音楽にも情熱を持ち、同じワーグナーファンであったEdmond Maîtreエドモン・メートルとも親交を深めます。

1868年アトリエが手狭になってきたためさらに広い場所を求めラ・コンダミンヌ通りのアトリエへ引っ越し。

アトリエ近くのカフェ・ゲルボワにはのちの印象派画家たちが足繁く通い、彼らはバティニョール派と呼ばれました。

 アンリ・ファンタン=ラトゥール《バティニョールのアトリエ Un atelier aux Batignolles》オルセー美術館アンリ・ファンタン=ラトゥール《バティニョールのアトリエ Un atelier aux Batignolles》オルセー美術館
かわしまねる
かわしまねる
《バティニョールのアトリエ Un atelier aux Batignolles》に描かれた人物は左から下記の順で並んでいます。

錚々そうそうたるメンバー。バジールは一番背が高いのでとても目立っていますね!

バティニョール派メンバー(抜粋)

仲間たちと戸外制作を行い、困窮していた画家たちの経済的支援やアトリエの共有をし、若き印象派の仲間たちの支援をしたバジール。

サロンでは評価されないため、次はサロンから独立したグループ展の構想を練っていました。しかしそんな時に起こってしまった悲劇。

普仏戦争

1870年7月19日普仏戦争が勃発。当時裕福な家庭の子供は兵役を志願するという慣習があり、バジールも戦地へ赴きます。

11月28日銃弾に倒れ28歳の若さで戦死。1874年に始まる印象派グループ展を見ることはかないませんでした。

バジールの死は、印象派画家たちに大きな衝撃を与えました。

フレデリック・バジール《ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ Bazille's Studio》オルセー美術館フレデリック・バジール《ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ Bazille’s Studio》オルセー美術館

《ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ Bazille’s Studio》は出兵数ヵ月前の作品で、アトリエに集う画家たちが議論を交わしている様子が描かれています。

中央で帽子を被ってステッキを持っているのはマネ。右手でピアノを弾くのが親友メートル。左の3人はモネルノワール、詩人のアストリュクかゾラでないかと言われています。

マネの右手に立つ大男はバジールですが、バジールが父宛てに書いた手紙によるとマネが描きたしたものということです。

フレデリック・バジールゆかりの地ベストシーズン

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フレデリック・バジールゆかりの地2選

①オルセー美術館(Musée d’Orsay)

オルセー美術館オルセー美術館

珠玉の印象派コレクションを所蔵するオルセー美術館には、初期印象派の重要な画家の1人であるフレデリック・バジールの作品も展示されています。

28歳の若さでなくなったため、残された作品は少なく、貴重なコレクションとなっています。

フレデリック・バジールの代表作《家族の集い》をはじめ、《ラ・コンダミーヌ通りのバジールのアトリエ》《ピンクのドレス》《病床のモネ》《ルノワールの肖像》などを鑑賞することができます。

オルセー美術館
住所 1 Rue de la Légion d’Honneur, 75007 Paris 地図
最寄り メトロ12号線Solférinoソルフェリーノ
時間 9:30-18:00(火水金土)
9:30-21:45(木)
※閉館時間の45分前まで入場可能
定休 毎週月曜日、5月1日、12月25日
料金 16ユーロ
18歳以下無料
ミュージアムパスOK
HP https://www.musee-orsay.fr/
チケット オルセー美術館チケット

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

②ファーブル美術館(Musée Fabre)

バジールの故郷モンペリエにあるファーブル美術館は、新古典主義画家で美術収集家でもあったFrançois Xavier Fabreフランソワ・グザヴィエ・ファーブルのコレクションをもとに1828年に開館された美術館です。

mari
mari
パリからモンペリエまではフランスの新幹線と言われる、TGV inOuiを利用し約3.5時間の旅。

ファーブル自らが収集したイタリア芸術コレクションをはじめ、モンペリエにゆかりのある芸術家たちの作品を多く所蔵。

モンペリエ出身の美術愛好家Alfred Bruyasアルフレッド・ブリュイヤスは、Gustave Courbetギュスターヴ・クールベをはじめ、数多くの画家たちのコレクションをファーブル美術館に寄贈しました。

夭折の画家フレデリック・バジールは、普仏戦争に志願し、28歳で戦死しました。

フレデリック・バジール《キャステルノー・ル・レズの村の眺め La Vue De Village》ファーブル美術館フレデリック・バジール《キャステルノー・ル・レズの村の眺め La Vue De Village》ファーブル美術館

バジールの作品は遺族によって寄贈され、《キャステルノー・ル・レズの村の眺め》をはじめ、《フュルスタンベール通りのアトリエ》《あおさぎ》《芍薬と黒人の女性》などの貴重なコレクションを鑑賞することができます。

ファーブル美術館
住所 39, boulevard Bonne Nouvelle 34000 Montpellier 地図
行き方 コメディ広場から徒歩約6分
時間 10:00-18:00(火-日曜日)
定休 月曜日、1月1日、5月1日、11月11日、12月24日、12月25日
料金 常設展9ユーロ/企画展12ユーロ
HP https://museefabre.montpellier3m.fr

※最新情報は公式サイトでご確認ください。

フレデリック・バジールゆかりの地まとめ

クロード・モネやピエール・オーギュスト・ルノワールらとアトリエを共有し、印象派の仲間たちを経済的に支えたフレデリック・バジール。

あまりにも早すぎる死を遂げ、印象派の画家たちに大きな衝撃を与えました。

仲間とともに印象派グループ展の構想をしていましたが、それを見ることなくこの世を去りましたが、彼の功績は計り知れません。

オルセー美術館に足を運ぶことがあれば、ぜひバジールの運命に思いを馳せながら鑑賞ください!

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