ジャン・フィリップ・ラモーは、バロックを代表するフランスの作曲家・音楽理論家です。
J.Sバッハやヘンデルと同世代の音楽家。
フランス音楽を擁護して和音を優先する保守派のラモーは、イタリア音楽を支持して旋律を優先する革新派のジャン・ジャック・ルソーと音楽理論で激しく対立したことでも有名。
ラモーは各地で教会オルガニストを歴任し、その後「宮廷作曲家」として地位を築き、バロックを代表する音楽家に。
17世紀に生まれ80歳まで生きたというから大変な長寿。晩年には貴族に列され、大いに功績を認められ生涯を閉じました。
今回は、そんな音楽史に輝かしい功績を残したジャン・フィリップ・ラモーゆかりの地をご紹介していきます。
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ジャン・フィリップ・ラモー(Jean Philippe Rameau)とは?
ジャンフィリップラモー(Jean Philippe Rameau) | |
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出没年 | 1683年9月25日-1764年9月12日 80歳で死去 |
様式・流派 | バロック |
出身 | フランス(ディジョン) |
代表作 | 《イポリトとアリシー》 《優雅なインドの国々》 《クラヴサン曲集第1巻・2巻》 |
幼少期
1683年9月25日、ジャン・フィリップ・ラモーは、ブルゴーニュ地方のディジョンで誕生しました。
父親のJean Rameauは、ディジョンのサンテティエンヌ教会(Église Saint-Étienne de Dijon)とノートルダム教会(Église Notre-Dame de Dijon)のオルガニストで、ラモーは幼少の頃からオルガンの手ほどきを受けます。
ラモーの両親は息子が法律家になることを望んでいましたが、ラモーは音楽家の道を選び、1701年に音楽の勉強をするためミラノへ。
キャリア
1702年、ミラノから戻ったラモーは、アヴィニョンのノートルダム・デ・ドン大聖堂(Notre-Dame-des-Doms d’Avignon)とクレルモン・フェランのノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂(Cathédrale Notre-Dame-de-l’Assomption de Clermont)の教会オルガニストに就任。
1707年、《クラヴサン曲集第1巻 Premier livre de pièces de clavecin》を出版。
1709年、ラモーは父の跡を継ぎ、ディジョンのノートルダム教会のオルガニストに就任。
さらにリヨンの教会やクレルモン・フェランの司教座教会のオルガニストを歴任し、1736年にパリでイエズス会が運営する学校のオルガニストを務めています。
1722年、音楽理論書《和声論 Traité de l Harmonie》を出版。
1724年に《クラヴサン曲集第2巻 Pièce de clavecin avec une table pour les agéments》を、1728年に《新クラヴサン組曲 Nouvelles suites de pièces de clavecin》を出版します。
1726年に出版した「音楽理論の新体系(Nouveau systeme de musique theorique》は大きな反響を呼び、音楽理論家としての名声を確立します。
ブフォン論争
しかし、後にJean-Jacques Rousseauが論敵となり、「ブフォン論争 Querelle des Bouffons(1752年〜1754年)」が勃発。
フランス音楽の擁護者で和音を優先する保守派のラモーとイタリア音楽を支持し旋律を優先にする革新派のルソーとの議論は、結論の出ないまま、観客数の取れなかったルソーが音楽家から思想家に方向転換したことで終結しました。
1727年、ラモーは、徴税請負人で音楽愛好家であった富豪La Pouplinièreの私設楽団の音楽監督に就任。
オペラ製作
ラ・ププリニエールの庇護を受け、本格的にオペラの作曲に取り組みます。
1733年のオペラ《イポリトとアリシー Hippolyte et Aricie》をはじめ、1735年のオペラ・バレー《優雅なインドの国々 Les Indes Galantes》、1737年のオペラ・セーリア《カストールとポリュックス Castor et Pollux》など数々のオペラを作曲し、オペラ作曲家としての名声を確立。
1745年、ルイ15世により宮廷作曲家に任命され、フランス王室作曲家としての地位を築きました。
1764年9月12日、ラモーは80歳でこの世を去ります。葬儀は国葬で執り行われ、ラモーの遺骸はサン・トゥスタッシュ教会に埋葬されました。
ジャン・フィリップ・ラモーゆかりの地5選
ラモーが生まれ育ったディジョン
ディジョン(Dijon) | |
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地域 | ブルゴーニュ・フランシュコンテ |
住所 | 21000 Dijon 地図 |
パリからの行き方 | パリのリヨン駅(Gare de Lyon)からディジョン駅(Gare de Dijon)までTGVで約1時間45分。 |
①ディジョンのサンテティエンヌ教会(Église Saint-Étienne de Dijon)
歴史的建造物に指定されているディジョンのサンテティエンヌ教会は、ガロ・ロマン時代に創建されたディジョンで最初の教会堂。
15世紀にゴシック様式の教会が建てられました。
1731年、ディジョンに司教座が創設されると、サンテティエンヌ教会は大聖堂に位置づけられましたが、フランス革命後にその地位を失います。
1792年以降、サンテティエンヌ教会はさまざまな用途に転用され、現在は市立図書館とディジョン出身の彫刻家François Rudeの作品の複製が展示された美術館が入っています。
ジャン・フィリップ・ラモーの父ジャン・ラモーは、この教会のオルガニストを務めていました。
ディジョンのサンテティエンヌ教会及びリュード美術館 | |
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住所 | 10 Rue Vaillant, 21000 Dijon 地図 |
時間 | 9:30-18:00(10月1日-5月31日) 10:00-18:30(6月1日-9月30日) |
定休 | 火曜日、1月1日、5月1日、5月8日、7月14日、11月1日、11月11日、12月25日 |
料金 | 常設展無料 |
HP | https://beaux-arts.dijon.fr/ |
※最新情報は公式サイトでご確認ください。
②ディジョンのノートルダム教会(Église Notre-Dame de Dijon)
ディジョンのノートルダム教会は、1250年に建てられたゴシック様式の教会です。
13世紀のステンドグラスや黒いマリア像、鐘楼部分にある「Jacquemart」という鐘突き人形のついた時計などが有名。
ノートルダム教会の北壁には、ディジョンのシンボルである「フクロウの彫刻」があり、左手で撫でながら願い事をすると、幸運を招くといわれています。
ジャン・フィリップ・ラモーの父ジャン・ラモーは、サンテティエンヌ教会とこのノートルダム教会でオルガニストを務めており、1709年からはラモーがオルガニストとして就任しています。
ディジョンのノートルダム教会 | |
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住所 | 2 Place Notre Dame, 21000 Dijon 地図 |
時間 | 9:00-19:00 |
定休 | なし |
料金 | 無料 |
HP | – |
③アヴィニョンのノートルダム・デ・ドン大聖堂(Notre-Dame-des-Doms d’Avignon)
フランス南東部に位置するアヴィニョンは、1309年から1377年まで教皇庁が置かれ、「教皇の街」として栄えました。
城壁に囲まれた旧市街は、ユネスコの世界遺産に登録された「アヴィニョン歴史地区」になっており、ノートルダム・デ・ドン大聖堂は、教皇宮殿に隣接して建っています。
12世紀に建設されたロマネスク様式の大聖堂で、数世紀にわたり何度も改築が繰り返されました。
ジャン・フィリップ・ラモーは、1702年からノートルダム・デ・ドン大聖堂のオルガニストに就任しています。
アヴィニョンのノートルダム・デ・ドン大聖堂 | |
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住所 | Place du Palais, 84000 Avignon 地図 |
行き方 | パリからアヴィニョンまで電車で行く場合、パリのリヨン駅(Gare de Lyon)からアヴィニョン駅(Gare de Avignon Centre)までTGVで約3時間。アヴィニョン駅から徒歩15分。 |
時間 | 6:30-12:00 / 14:30-17:30(月-土曜日) 9:00-12:00 / 14:30-17:30(日曜日) ※夏は18:00まで |
定休 | なし |
料金 | 無料 |
HP | https://www.metropole.diocese-avignon.fr/ |
※最新情報は公式サイトでご確認ください。
④クレルモン・フェランのノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂(Cathédrale Notre-Dame-de-l’Assomption de Clermont)
「黒い街」の異名をもつクレルモン・フェラン。
ミネラルウォーターで有名なVolvicで採れた溶岩石で建物が造られているため、街全体が黒っぽく見え、重厚感が漂います。
街のシンボルであるノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂は、1248年に建設が始まったゴシック様式の大聖堂。
ジャン・フィリップ・ラモーは、1702年から1706年までの4年間、ノートルダム・デ・ドン大聖堂とノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂でオルガニストを兼任しました。
クレルモン・フェランのノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂 | |
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住所 | Place de la Victoire, 63000 Clermont-Ferrand 地図 |
行き方 | パリのリヨン駅(Gare de Lyon)からフランス国鉄(SNCF)でクレルモン・フェラン駅(Gare de Clermont-Ferrand)まで約3時間30分。クレルモン=フェラン駅から旧市街にあるノートルダム・ド・ラソンプシオン大聖堂まで徒歩約15分。 |
時間 | 7:30-12:00 / 14:00-18:00(月-土曜日) 9:30-12:00 / 15:00-19:00(日・祝日) ※6月1日-9月15日は19:00 |
定休 | なし |
料金 | 無料 |
HP | https://www.clermontauvergnetourisme.com/fiches/cathedrale-notre-dame-de-lassomption/ |
※最新情報は公式サイトでご確認ください。
⑤サン・トゥスタッシュ教会(Église Saint-Eustache)
パリのレ・アル地区にあるサントゥスタッシュ教会は、外観がゴシック様式で、内部はルネッサンス様式の装飾が施された壮麗な教会です。
8000本のパイプをもつ世界有数のパイプオルガンは必見で、定期的にパイプオルガンの無料コンサートも開かれています。
Amadeus MozartやLouis Berliozなどが演奏した教会として有名で、モーツァルトの母Anna Mariaは、モーツァルトの同行中パリで亡くなり、亡骸はサン・トゥスタッシュ教会に埋葬されました。
80歳でこの世を去ったジャン・フィリップ・ラモーもまたこのサン・トゥスタッシュ教会に眠っています。
詳しい情報に関しては「サントゥスタッシュ教会の行き方・営業時間・見どころ徹底ガイド」にまとめています。
サントゥスタッシュ教会 | |
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住所 | 2 Imp. Saint-Eustache, 75001 Paris 地図 |
最寄り | メトロ4号線Les Halles駅 RER A,B,D号線Châtelet–Les Halles駅 |
時間 | – |
定休 | – |
料金 | – |
HP | http://www.saint-eustache.org/ |
※最新情報は公式サイトでご確認ください。
ジャン・フィリップ・ラモーゆかりの地まとめ
ジャン・フィリップ・ラモーは、50歳になってようやく脚光を浴びた遅咲きの作曲家でした。
いくつもの理論書を出版し、近代和声理論の基礎を確立。
ラモーのクラヴサン曲は、ベルリオーズやドビュッシー、ラヴェルなどに高く評価され、後世に大きな影響を与えています。
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